こんにちは。j-color認定講師の石井いつ子です

小山市立中央公民館にてカラー講座を実施致しましたのでご報告いたします。

今回は、教養大学受講生(シニア学級)に対する講座で、5講座中のうち1講座を担当しました。
認定講師の田中菜々子先生にもお手伝いいただき、無事終えることが出来ました。



テーマは『和の伝統色に学ぶ』
主に重ねの色目江戸の色彩についてレクチャーさせていただき、
後半は和紙を使ったブックカバーを作成しました。

第1回目に伝統色講座をさせていただき、大変光栄に思います。

参加いただいたのは、60代~80代の男女の皆さまです。
とても熱心な方々で、メモをされたり男性の方では時代小説の中での疑問が
解決したようで、時間もあっという間に過ぎていきました。



伝統色と言えば、やはり大きく平安時代と江戸時代が注目されます。
『禁色』から始まり、平安の雅な人々の色への想い、
江戸の色彩の移りかわりと江戸っ子ならではの洒落を中心に話をさせて頂きました

この日は、曇り空で教室の窓からも遠くの山が霞み、
平安の貴族達はどんな思いで遠くの景色を見ていたのか、
皆さんにも想像してもらうことが出来たと思います。

天皇陛下・皇太子さまの禁色については皆さん驚いたようですね。
日本人の色感覚や美意識に感心させられたとのコメントも多かったです。

また、秋の重ねの色目『萩』に関する話では、
なるほど!納得という声を頂戴しました。

それは、『萩』にまつわる面白い話です。
『萩』は別名、鹿鳴草と呼ばれます。
鹿が繁殖期になると恋を求めて鳴き、萩の紅葉の中で夜を過ごし、
また山に帰っていくので、萩は鹿の妻と呼ばれています。
モミジと言っても楓のモミジではなく『萩』のこと。


“あっ!花札の鹿だ!なるほどそういうことか!”と男性からの反応がありました。
これはまさに“ガッテン”というところでしょうか!

それから、冒頭に書きました時代小説の中の疑問とは・・・気になりますよね。
参加者の男性からの質問で、
侍が裏に縹色(はなだいろ)を使った羽織をきていたところ笑われた(馬鹿にされた)、
なぜなんだろうと疑問に思っていたそうです。

一説にはこんな話があります。
江戸時代では、浅葱色縹色納戸色などの色が流行していました。
田舎侍が、羽織の裏に浅葱色を使っていたことから「裏浅葱」「浅葱裏」などと呼ばれ
野暮天侍の代名詞になったとも。

「粋」な江戸っ子から見ると裏に使うなどと「野暮」だったんでしょう。
もしくは、藍染めも濃いものは高級なので薄い色なんてという事だったのか、
奥深さが感じられますね。

後半は、ブックカバー作りです。
重ねの色目風に、すき紙と手すきの和紙を使いました。
間にクラフトパンチで抜いた花などをあしらって、素敵な作品が出来ましたよ!
色合わせも皆さん楽しんでいただけたようです。





皆さんの感想も一部抜粋してご紹介します。

色の多彩さ!日本の色の美しさを大切に生活の中に色を生かしていきたい。
 ブックカバー作成、楽しかった。

昔の人は色で遊び、文字で遊びとても美的センスがあり優雅な生活をしていて
 感心した。(70代女性)

天皇・皇太子の装束の色が決まっていることには驚きです。
 重ねの色目がある事を知り、昔の人は色に敏感だったのですね。
 
染色に興味があり、日本人の繊細で、四季の変化とともに染めあげるすばらしさ、
 平安の昔からの色相はとても好きで、日本的な名前と種類の豊富さに日本人で
 良かった!(60代女性)

色彩に鈍感な私も色合わせすると美しくなり(ブックカバー)、
 心の和みようは1人では経験できなかったので、“ワクワク”しました。(70代女性)

時代の中で色言葉が心地よく聞くことが出来ました。ブックカバーを作る事で
 色の合わせ方など脳トレになりました。(60代女性)

お話だけでなく、作業があるのはとてもよい。
 ブックカバーもハマりそうです(60代女性)

・・・などなど、沢山の感想をいただきました。
まだまだあるのですが、書ききれません。

参加下さった小山の皆さま、本当にありがとうございました
この講座をきっかけに、日本の自然と色に更に想いを馳せていただけたら幸いです。

小山市中央公民館HP